野尻湖一周遠泳大会

息子・・小学校4年生のときの思い出アルバム
もう20年前にもなります
息子が小学校4年生の夏

長野県の 野尻湖一周水泳大会 に初参加した。

小学校4年生から参加資格があるので最年少という「わけだ。

この大会は、今でも行われているけれど

文字通り、

野尻湖を一周(10キロ)するもので

速さを競うものでなく、参加者全員で泳ぎ切ることを目標にした大会だ。


大体9時ごろ泳ぎ始め、途中で昼食休憩を挟んで3時頃に到着という

ユックリのようだけれど、それだけ長い時間

夏といえども冷たい湖の中で泳ぎ続ける。


なぜこの大会に出場したかというと

当時、息子が通っていたスイミングの主催者

(ボランティアで地域の子供にスイミングを教えていた)が

この遠泳大会の役員をしていたので、教え子が小4になると、

参加を促されるわけ。

うちの息子は

水泳でも陸上でも、長距離よりも短距離向けの子だった(私やダンさんも同じ)

水泳(平泳ぎ)も短距離は、やたら速かったけれど、距離が長くなると途端にダウン

心肺機能だけじゃなくて、性格も関係してるんじゃないかと、あの頃から思っていた(~_~;)

その彼が

スイミングの先生やお兄ちゃん達と混じって、10キロの遠泳に挑戦するって・・

おいおい・・大丈夫なの?

今年初参加仲間と。
左が息子。
真ん中は5年生。右は4年生。
三人は家も御近所の幼馴染です。

息子、細い・
出発前。みんなまだまだ元気イッパイ!
きょうは野尻湖周辺も晴れているので、
水温もあがるといいな〜・・とは親の気持ちで
子供たちはそんなの関係なく、大はしゃぎ。
そうは言っても、冷たい水の中で何時間も泳ぐのだからと
先生からの指示で、泳者の身体にワセリンを塗る。
「くすぐったいよ〜〜〜」

準備は整い、いよいよ出発の時間。
全員で湖に近づく。

息子は、これから過酷な10キロ遠泳だと
判ってるんだろうか。


「いえ〜〜い」と余裕(~_~;)
がんばってね・・

泳げなくなったら、
無理しないで係りのボートの人に
ちゃんと言うのよ!

あんまり早く泳いじゃだめよ。

マイペースでね!

緊張して喋り捲るは親ばかり(~_~;)



そして
老若男女が整列して、順番に湖に入って行く。

わかりますか?桟橋に人が溢れ、次々に泳いでいきます。

息子も泳ぎ始めました・・・

100名以上のスイマーの頭が、段々と遠くの方に見えなくなる。

周囲には協会のボートも何隻も同行しているので
何かあったらすぐ救助してくれる・・が

やはり心配。

心配だけれど
泳ぎ始めちゃったのだから、あとは見守るしかない。
子供たちが見えなくなると
スイミングクラブの役員さんたちが
車で高台まで連れて行ってくれる。

そこからは湖が一望でき
豆粒ほどの大きさながら
泳者を見ることができるのだ

あ!ほんとだ!!見えた見えた!
我が子が何処にいるかはわからないけれど
がんばれ〜〜っ!と
大きな声で声援した。

聞こえないに決まってるけど
そうせずにはいられなかった。
午後になると

私は、野尻湖の桟橋の一番先頭に立って、

まだまだ何も姿の見えない息子を

一生懸命目をこらし、両手を胸に当てて、待っていた

もう何度も子供を遠泳大会に出場させている先輩ママからは

まるで「岸壁の母」だね・と笑われながら、

それでも8月午後の炎天下の中

岸壁の母にならずにはいられない私だった(~_~;)


そして・・

待ちわびた息子が

たくさんの仲間とともに

無事に岸に辿り付いた時の勇姿は

溢れる涙が止まらず、霞んでしか見ることができなかったっけ・・




無事、とうちゃく〜〜・・

ふぁ〜い・・やったぜ

完泳証を贈られて、スイミング仲間と記念撮影・・みんな真っ黒に日焼けしてる
帰ってからは、先生の家で焼き肉パーティー
みんなお疲れ様!

ボランティアでいつも走り回ってくれている
役員さんたちも、ほんとにありがとう

オマケ
二年後の小学校6年生の時も再び野尻湖一周へ。
右端が息子。青変わらず細いけれど筋肉は多少付いてきました。

この頃から、水泳も飛躍的にタイムが伸びてきました。
あれから20年・・

あの後も、いろんな場面で息子の帰りを真剣に待つことはたくさんあったけれど

あの時の「岸壁の母」の心境は、そうなかったような気がする(笑)
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