番外1  乳癌と温泉の話

-恩人ご夫婦のサイトに出会って-
2003年6月
乳がんの手術を受けた。
左胸全摘。





その1年と1ヶ月前の
2002年5月から私達は夫婦でHPをやっていた。

あるサイトの熟年のご夫婦が仲良く二人で温泉に行き、お二人で一緒に温泉にはいり
御主人が奥様の、気もち良さそうに露天風呂に入ってる写真や
お二人で仲良く温泉に入っている写真などを撮って、
その温泉宿の感想と共にサイトに載せていた。

初めてそのサイトを訪問したときに、主人も私も頭をガツンと打たれたような気がした。

ご主人が、長年連れ添った奥様を思う気持ちが、
奥様を被写体にした、その写真に自然に、でも強く現れていた。
(特に感動した一枚の画像は、今でも宝物で、管理人さんに戴いて保存してある。
いつか同じ宿で同じショットで撮るのが夢)

こういうHPを作りたいと思った。
いつかこんな風に素敵な夫婦になりたいと思った。




そして・・そのサイトの管理人さんご夫婦とお付き合いが始まって
HP作成の時にたくさんのたくさんの応援とアドバイスを貰って・・

「ダンさんとカミさんのふるむ〜ん温泉」が誕生した。




コンセプトは夫婦。

温泉や観光地紹介でも、必ず画像に
管理人(夫)が管理人(妻)を撮ったものを載せ
相手への気もちも正直に書いたHPは
時として辟易(笑)されることはあっても
始めから応援してくれたサイトのご夫婦や、そこで知り合った仲間
そしてHPを開いた直後から来てくれた人たちのお陰で
順調に楽しく営む事ができた。




そして・・1年と1ヶ月・・乳がんになった。

その経緯やカミングアウトは
「雑記帳や、当時の「掲示板を見てくれるとわかる。

乳がんの手術をすると
一般的には「温泉」というひとつのキーワードにぶつかる。

それまで、それほど「温泉」に行かなかった人でも
急に「温泉に入れなくなった」という寂しい思いに駆られる。
そして「温泉」に入れるようになりたい・・という思いになる。


でも貸切にしか入れなくなった・・というのは、ごくごく自然のことだった。

私の場合は・・・・

温泉のHPをしていた。
温泉に入っている画像を載せるのが、大事なコンセプトになっているHPをしていた。

もう温泉に入れないかも・・とは当然思った。
HPも同じ形で継続できないかも・・とも思った。

でも、私達のHPは、この一年の間に多くの人が来てくれる
自分達の思う以上に育ったHPになっていた。
そして、今回の「乳がん」でも本当に沢山の人が応援をくれて
それがエネルギーになったのは間違いないことだった。

止めたくない。形も変えたくない。さんざん考えた。

そして・・




どうなったかというと・・
体調が回復してすぐに温泉に行き始め
何も以前と変わらない形で画像も載せたHPを作って・・今に至る。



なぜか?

それは・・皮肉な事だけれど
キーワードは、
普通なら一番勇気が要るはずの「混浴」

コンテンツを見てもらうとわかるけれど、
二人が選ぶ宿(温泉)はHP作成当初から
二人で入れる温泉・・つまり貸し切りor混浴が殆どだったから。

貸し切りはわかるけれど、混浴がなぜ?

答は単純。
混浴は堂々と「隠せる」から。
混浴は堂々と主人にフォローしてもらえるから。



私達は
以前から私達独自の入浴のときのルールや工夫をしてきた。
人に迷惑を掛けないような自分達なりのマナーを守ってきた。
(それは湯舟にタオルが是か非か・・という議論以前のマナー)

術後も、だから同じようにして入ることでクリアできた。
HPに載せる画像もしかり。
今までも当然ながらルールを決めての画像だったので変わらず。

勿論、気持ちの上では、術後、最初に温泉に入る時には
いろいろな思いがあった。かなり勇気も必要だった。

でも、その時、主人が、ますます気遣ってくれて
それを痛いほど感じて嬉しかった。

もしもHPをやっていなかったら・・
もしもそれまでに「混浴」に慣れていなかったら・・

術後に混浴初挑戦や
術後に温泉HP開設はできなかったと思う。

また普通の形態の大浴場を紹介するHPだったら
あんなにすぐには復活できなかったと思う。

普通の大浴場にはいるのは
実は再建した今でも、少し勇気が要る。

遠慮なくじろじろ見る女性って少なくないから(~_~;)



それを考えると
HP開設も混浴温泉経験も
私の乳がん後のこういう生活のための
「助走」「伏線」だったような・・
そんな気もしている。

混浴に夫婦で初めて入ったのは
最初に書いた、熟年ご夫婦のサイトがキッカケ。

その意味でも、それから書かないけどいろいろな意味で
私達夫婦の命の恩人であるご夫婦(番頭さん、女将さん)に今でも足を向けて寝られない。



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